2010年02月20日

たきつけ

2/19 日中お天気に恵まれ


乏しくなった焚き付けや木の枝を拾い集めました



朝のうちは地面が湿っており、やはり正午を越えてからが乾いてます。雲が出てきて、あやしいなっと思ったら、夕方にわか雪~雨。湿った焚き木はまた乾かさなくてはならないから、焚き木拾いは晴れの日が良いな
^^





2/19 釜炊きの様子 着火は12:15ころ
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ここのたこメモ ラジオメモ ラジオ深夜便こころの時代 
こころ あたためあって児童文学者・「この本だいすきの会」
淡路支部会長 木戸内福美(よしみ)さん 2



一度だけ叩かれた時がありました


牛の世話をしていて、おっちゃんおっちゃん、って言っても振り向いてくれなくて。そのおっちゃんは、若はげで、ちょっと冷やかした。「あたまはげあたまはげ」って。何度も何度も歌ってはやし立てた。そしたら、たったたたたた、と叔父が来て、そんな歌うたうんじゃないって。そして、自転車で出かけてゆきました。わたしはわうわう泣いていました。家に帰って、ふとんかぶって。目が覚めてみたんですけど、おじはいないんです。おばあちゃんに聞いても、おかあちゃんに聞いても、しらんで、しらんでって。そして「あ、わたし、おじにいっちゃいけない事を言ったんだ、傷つける事を言ったんだ、どうやっておじちゃんに謝ろう」って、縁(えん)のところに座って、小学2~3年のころ。そしてわたしは「おとおちゃん」って呼んでみようかと考え、帰らなかったらどうしよう、どうしよう。そして、自転車の灯りが昇ってくるのが見えた。わたしは駆け寄りました。


おっちゃんは茶色い袋を渡してくれた、何も言わずに。その中のものを出してみると、ほんとに今でも忘れない、うすい黄色で真四角のマフラーでした、線がはいっていて。「おとうちゃん!ありがとう!!」って勇気をもって言えたんです。その黄色いマフラーは、父との証なのかなって、今でもわたしのこころをあたためてくれてます。


>保母さんという仕事をやってらした


子供のころは内弁慶というか極端な恥ずかしがりやで、言葉がよーかけられないような子供でした。悔しさがあったんです。上手く伝えられない。女学校になって、しいのみ学園という映画をみたんです。そこでの保母さんの姿をみて感動したんです。わたしのように、思っている事がいっぱいあるんだけど、言えない、表現できない。そんな子供たちの保母さんになろうってその時思いました。


(インタビュー つづく)



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